【伊藤健次コラム】FACEBOOKが発行する暗号資産Libraの話題から日本企業は何を学べるか


Facebook社がLibra(リブラ)プロジェクトを発表してから暗号資産市場は話題の中心は常にLibraです。
この議論は企業や投資家だけでなく、規制当局や米議会を巻き込んでの一大論争となっており、ブロックチェーンの未来を真剣に語り合う非常に良い機会と言えます。

Libraとは、複数の法定通貨により資産の裏付けをした暗号資産(ステーブルコインと呼ばれる)構想であり、国境を越え、全ての人類に決済システムを導入することが目的のプロジェクトです。
特に、自国では銀行口座やクレジットカードを保有できなくてもLibraを通せば世界の決済システムと繋がることができるというのが一番の強みです。
最終的な構想としては、Libraは決済に利用されるだけではなく、保険やローンなど全ての金融インフラとなることも目指しています。

このような価値のあるプロジェクトになぜ批判が集まるのでしょうか。これからブロックチェーンを活用しようと考えている日本企業は何を参考にすればよいか。その点にフォーカスをして解説をします。

【Libra発行に対するFacebookの覚悟】

暗号資産市場は多くの企業が参入と撤退を繰り返しており、発行された暗号資産の中には利用価値を無くしてしまったものも存在します。失敗する可能性も大きい暗号資産の発行ですが、Facebookは暗号資産発行の第一報を自社ブランドで発表しており、過去の事例とは一線を引いております。さらに、7月16日に行われた米上院公聴会でシュロッド・ブラウン議員は米Facebook傘下のデジタルウォレット企業Calibraのデビッド・マーカスCEOに対し「自分の報酬をすべてLibraで受け取れるかと」との問い、マーカス氏は、イエスと答えその本気度を表明しました。それでも市場はFacebookの市場参入という影響の大きさから様々な角度から批判を繰り返します。一つずつ解説していきます。

【なぜ、批判がでるのか。セキュリティの問題点】

FacebookがLibraプロジェクトを発表するとすぐに批判が出ました。
米下院金融委員会のマキシン・ウォーターズ委員長が「規制当局の審査が済むまで開発は凍結するべき」と名指しで声明を出すほど異例の事態。
過去ブロックチェーンの導入を発表した企業は多いですが、ここまで否定的に捉えられたことはありません。

このような批判の的になっている一番の理由は、Facebook社の過去の個人情報の漏洩問題です。
Faceboo社のセキュリティに対してまだ解決していないと規制当局は考えています。
通貨を発行するという特権は民間企業が簡単に参入できる業態ではなく、どの国においても規制が存在するものです。

これは国が利権を守りたいのではなく、お金を取り扱う企業がひとたび漏洩やハッキングなどが起これば経済が崩壊してしまうリスクが大きいからです。
その点を踏まえると、過去に情報漏洩の前例がある企業の参入を止めることは理にかなっています。
一般的にはブロックチェーンを導入することでセキュリティが向上するという理解がありますが、ここには大きな落とし穴があります。

ブロックチェーンによりセキュリティが強化されるのは記録されている取引台帳データに対してであり、各個人が自身のアカウントへアクセスをするパスワードの管理は従来通り必要となります。
Libraを利用するためのログインIDやパスワードが漏洩するようなトラブルがあれば、過去に国内でも何度も起きてしまった暗号資産の流出につながりかねません。

ブロックチェーンを導入し暗号資産を発行する企業はその規模の大小にかかわらず、情報管理のセキュリティを強化する必要があります。
情報管理ができていないと当局が判断すれば事業の停止もやむを得ないでしょう。

【投資家や消費者からも批判されるのはなぜか】

規制当局が新規に暗号資産を発行する企業に対して批判的である理由は分かりますが、投資家や消費者というLibraプロジェクトの恩恵を受ける層からも批判は出るのは何故でしょうか。

Facebookが暗号資産市場に参入することで、新たにユーザーも増え市場活性化が期待できます。
それでも、市場関係者がFacebookの参入を快く思っていないのには中央集権と非中央集権という対立があります。

既存の市場参加者はFacebookがあまりにも大きなコミュニティであるため、Libraが市場を操作するという恐れを感じているのです。

ブロックチェーンという技術は従来では実現しなかった個人間の取引による経済をつくることが可能となります。
Peer to Peer(P2P)と呼ばれる平等な経済であり、ブロックチェーン市場では中央集権・管理社会に対抗した言葉で「非中央集権・分散型社会」と表現されます。
中央集権的な暗号資産はLibra以外にも存在しており、そのいずれも「中央集権的」であることが批判の的となるのです。

市場はまだビットコイン信仰が継続しており、ビットコイン信仰とは中央集権社会からの脱却と同じ文脈で語られることが多いです。
最近では、海外暗号資産大手取引所や大手マイニング会社などビットコインを活用したビジネスで組織が大きくなった企業に対しても批判的な意見が出ることもあります。
いまの暗号資産市場で「中央集権」的なサービスを提供することは市場が受け入れない可能性が高いと言えるでしょう。

【批判に対するFacebook社の回答は?】

Facebookは今回の騒動を収束させるように活動をしています。
米議会が行った公聴会にも参加し市場の不安に対して回答をしています。

まず、Facebookが暗号資産を発行するのであれば、銀行と同様の規制下で行うべきであるという指摘に対して、Facebook傘下のデジタルウォレット企業Calibra(Libraプロジェクトを運営する企業)のデビッド・マーカスCEOは「Calibraは米財務省金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)にマネーサービス事業として登録しており、その他の国の規制にも従う」と回答をしており、銀行と同様の規制下でサービスを提供する意欲を見せています。

Calibraに対して銀行ライセンスが下りるかどうかはまだ不明ですが、規制を回避する目的で暗号資産市場に参入したわけではないことが分かります。
発行される暗号資産Libraに関しても、Calibraではなく、スイス拠点の「Libra Association(リブラ・アソシエーション)」というFacebook含め20以上の企業や団体が参加をする機関で管理をすることが決まっています。
将来的には100の企業と団体で構成することを目標としているそうです。

このように、国や市場から出た意見に対しては十分な対話をもって進めていくFacebookの姿勢はまさに分散型の考え方であり、今後市場に参入する企業は参考になるでしょう。

【なぜ暗号資産でなければいけないのだろうか?】

そもそも、なぜFacebookはここまで批判が出ることを承知で暗号資産発行に踏み切ったのでしょうか。
Facebookは十分に成功している企業であり、一発逆転を狙うような取り組みをする必要はないように感じます。

しかし、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazonの頭文字をとった巨大IT企業群の総称)の中でFacebbokは決済分野で大きくおくれをとっています。
Facebookは過去、Messenger Paymentというサービスをリリースしましたが、その後は期待通りの結果にはつながっていない様子です。

この決済分野での失敗を取り戻すために大きく勝負に出たのが今回のLibraプロジェクト。
各国もキャッシュレス社会を支援しているように、将来的にはデジタル決済市場が確実に訪れます。
その市場へ取り残されないために挑戦が必要なのはFacebookだけではありません。

今回「Libra Association(リブラ・アソシエーション)」へ参画している大手決済会社のVisaやMastercard、グローバルでサービスを提供するプラットフォーマーのUberやeBayなどもペイメントの市場に取り残されないように必死です。

今回のLibraプロジェクトはまさに未来のデジタル決済市場をどのように生き抜くかを挑戦する企業に挑戦の機会を与えたと言えるでしょう。
いまはまだ20程度の集まりですが、当初の構想通りすぐに100を超える企業や団体が集まるだろうと見ています。
参加するための企業評価基準は少々高いですが、日本企業も参加をするところが出てくるかもしれません。

これから暗号資産市場に参入を考えている日本企業は、自社だけで実現するのではなく、同じ課題を持った企業や団体を集めてアソシエーションとして立ち上げることも必要になるでしょう。

【日本の立場は?】

日本もここ数年ではペイメントサービスが乱立し、民間企業の競争が起きています。
そのいずれも国内決済を中心に考えられたサービスであり、銀行と決済は国内では別物として切り分けて法律が存在しています。

FacebookのLibraプロジェクトに対する日本の有識者の発言を見てみましょう。
麻生太郎財務相「日本としても、国際的な連携を緊密にしつつ、対応を詰めないといけない」、黒田東彦日銀総裁「支払い手段に使われれば経済や金融に影響がある。国際的に強調して必要な対応を検討する」と述べています。

ともに強調しているのは国際間での連携です。
国内決済で収まっているうちは問題ないですが、暗号資産の発行となると発行主体は意識していなくても今後は国際ルールに則る必要が出てきます。
ルールさえ決まってしまえば暗号資産を発行する日本企業もどんどん誕生するでしょう。
どの国も中央銀行がデジタル通貨発行を実現しようと動いていますが、Facebookが動き出したことで国際ルールを作るところまで議論が進んだことは大きな前進と言えます。

 

 

今回様々な角度からLibraプロジェクトに対する意見や考察をまとめてきましたが、論争は始まったばかりで日々新しい意見が誕生しています。
これから暗号資産発行を考えている方は、ぜひLibraプロジェクトの行く末を見守っていただき、彼らの挑戦とそれを受け入れる世界を俯瞰してみて自身のプロジェクトの参考にしてみて欲しいと思います。
コインオタクでは引き続きLibraの情報を追いかけていきます。

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